「東京芸大バイオリン事件30年目の真実!」
〜其の壱〜





                                            天井 美宏
                                       (あまのい よしひろ)
緒言
  「 東京芸大バイオリン事件 」 とは 1 9 8 1 年 ( 昭和 5 6 年 ) 暮れに勃発した
我が国に於ける音楽と美術教育のメッカ 「東京藝術大学」 の音楽学部教授による 、
同学部へのバイオリン納入等に係る汚職事件の代名詞で、其れは日本の西洋音楽
史上極めて特異且つ衝撃的事件であった。「花の特捜」を自認する東京地方検察庁
特別捜査部が暴いた汚職の温床は、当時の一般国民に音楽界の裏面を垣間見せ、
此の摘発に追従し様々に動いたマ スコミ等の報道も相俟って 、 洋楽師弟関係の醜
悪さや音楽コンクールの選考に於ける不公正の実態迄をも見せ付けた 。 即ち其処
には 、 文明開化の御世より脈々と続く 、 所謂クラシック音楽業界の閉鎖的体質に
起因する複合的恥部構造が厳然として君臨し 、花の特捜に依る同事件の摘発によ
って 、 洋楽業界は否応無しに膿みの一部を吐き出させられる事と成った 。 尤も此
の膿み出しを一番恐れ 、首を洗わずに責任転嫁に躍起と成ったのは 、他ならぬ音
楽業界の名立たる大先生方だったのだが・・・。
  しかし此の膿み出し 、其れは特捜当初からのシナリオでは無かった 。 8 ヶ 月余
の予備捜査を経て特捜が狙ったのは、楽器業者、私立音楽大学教諭、大手印刷会
社、弁護士と偽弁護士等が共謀して仕組んだ 「 偽造鑑定書に依る楽器密輸、偽装
盗難の保険金詐欺 、偽ブランド楽器のルート販売 」 等の事案であり 、其れは 「 有
印私文書偽造 、同行使 、詐欺、並びに関税法違反」 等と言う罪名を構成する筈の
ものだった。
  偽造鑑定書を提示して高額な保険を掛け、盗難を偽装して保険金を搾取する。其
の一連の保険金詐欺過程に 、東京弁護士会の著名弁護士や偽弁護士が重要な役
割を果たし 、偽造鑑定書作りには某大手印刷会社と老舗楽器業者が関与、其の全
般を指揮したのがクラシックの指揮者として売り出し中だった某私立音楽大学講師。
此処まで役者が揃い 、 保険会社からの被害届と告訴状が出ていれば 、ロッキード
事件 ( 1 9 7 6年 ) の摘発で疲弊の極に達していたとされる特捜としては、正に棚
から牡丹餅。国家権力に物を言わせ、遮二無二立件に邁進したとしても無理は無い
所である。しかし此の時点では 、東京芸大の名前は基より、後日逮捕される教授の
名前も全く俎上に無かった。特捜のターゲットは飽く迄も保険金詐欺だったのである。
  所が現実は特捜の見込みから大きく外れる。音楽業界に対する予備知識皆無の
特捜が過去の経験のみを基に描いた構図は 、 正に其の7割が冤罪と言うべく 、到
底起訴や公判維持に耐え得る代物ではなかったのである 。 けれども特捜は 、無理
やりに振り上げた拳の下ろし処を 、 其れこそ死に物狂いで捜す 。 花の特捜の面子
とはかくも重要なものだった 。 秋霜烈日も社会主義も真実も人権も 、特捜の面子の
前には一歩でも二歩でも下がる。自分達が花でいる為に・・・・。
  東京芸大の名前が 、事件勃発後一週間以上を経過して表面化して来たのは其の
為である 。其れは経済事案摘発を断念した特捜が 、それ以上に売名価値のある文
化事案に標的を変えた故で 、芸大教授の逮捕も特捜のスタンドプレイの一部に過ぎ
ない。因みに教授が業者からの受託収賄罪に問われた物証は時価百万円 、原価 ・
仕入れ価格三十万円程度のバイオリンの弓一本のみ 。付随して金員関係を付け足
しても 、特捜の立件事案としては余りにお粗末 、且つ辻褄合わせの感が強く 、正義
の特捜としては苦渋の決着と成った。「大山鳴動弓一本」と揶揄される由縁である。
  本告発では、当該事件の底流と端緒から現在迄を、物証を交え詳細に俯瞰する。
しかし30年を経過したとは言え 、関係者の大半は現役として存命中であり 、夫々の
人生を夫々の立場で 、事件の傷と共に歩んでいる 。 故に本文では当面仮名で各自
を表示して行く 。其れでも事件の実態は容易に把握できるし 、関係各位他には仮名
でも全てが納得出来る筈である。本事件に依って漁夫の利をえたものは 、贖罪の念
新たに償うべきであろう。                             (以下続く)