天井 美宏
(あまのい よしひろ)
「偽装鑑定書の成立事情」の参の番外編V「偽楽器、音の偽造法と銘器の定義」
小村孝一の弟子兼マネージャーで、小村の裏面迄を熟知していた中西康男。此の中西
と組み、小村が主宰するオーケストラのマネージャー格で奔走したのが、小村の中学校の
後輩で吹奏楽でラッパを吹いていた遠藤一史(仮名)、音楽大学の同輩中田雅和(仮名)
だった。
遠藤は現在マニアック・オーディオ業界のフィクサーであり、今尚小村の音楽家としての
「耳」 に心酔、マニアックな音響機器を小村のスタジオに持ち込み 、音の鑑定と改良点の
アドバイスを受ける。 此の遠藤を介した小村とオーディオ業界の結ぶ付きは、マニア垂涎
の物と言われ、指揮者であり録音技師並びに音響技術者でもある小村の 『耳』 を密かに
頼るメーカー技術者も少なくない。一方中田は30歳の頃に「飲み屋」業に転出、現在では
年商数億円のチェーン店の経営者で、事件後小村とは絶縁している。中西の現在の消息
は不明だ。
此の中西、遠藤、中田の3人が伝える「偽楽器偽造法」。其れは以外に簡単な方法をも
含む物で、再現も容易であると思われる。 若し諸兄の何方かが、壊しても困らない安バイ
オリンをお持ちで有れば実験するも価値があろう。しかし此の手口、実態は40年近く前の
手法、現在も尚通用する代物で有るか否かは何とも言えない。 更に、当方が教唆の嫌疑
を掛けられるのも真っ平な事。興味有る向き、実験は「自己責任」で願いたい。
小村と中西が紙田の所から引き出して来る補修用のジャンク・バイオリン。其れは他の
良質なバイオリン等の修理に、 穴埋めとして其の一部を利用する、 言わば壊れた古バイ
オリン等である。 即ち、年代的に古い楽器の修理には、出来るだけ同時代の部品(木)を
使うのが最良で、古い楽器の補修に新しい木材を使うと先ずは馴染まず、 音質等に重大
な変化・劣化が起きる事も少なくない。故に西欧の高名な楽器修理業者 (工房) は、300
年以上も前の楽器用木材を大量に保存しているのだ。そして其の中から要修理楽器の材
質に近い木を選び補修してゆくのである。 此の辺りは、西欧の超一流美術館の補修部門
の作業と一脈を通ずる物が有り、正に職人芸の域だ。
此のジャンク・バイオリンの中から、比較的瑕疵の少ない状態の良いものを、偽銘器偽
造用として選定する。顎当等の部品 (付いていれば) を外し、楽器への負荷を極小にした
状態で、表板と裏板夫々の隅4箇所づつ、合計8箇所を指の背で軽く叩く。 其処で鈍重な
余韻の無い音がすれば、其の楽器は失格。 紙田の店等で適当に分解されて、 補修材の
一部と成る。此の叩きの時に、軽く明るく余韻の有る音がすれば、 其のジャンク楽器には
シンデレラ・サクセス・ストーリーが待っている可能性が有るのだ。
因みに此の8箇所の音質と音程のバランス。ストラディバリュウスやガルネリュウス或い
はアマティ等と言った、時には億単位で取引される所の所謂銘器と呼ばれる楽器には、軽
く叩いたときに共通する、 或いは類似した音質と音程バランスが看て取れる。 即ち、当該
音質と音程の共通性は、バイオリンとして一流で有る事を主張する初段の証なのだ。
此の叩き試験に取り敢えず合格したジャンク楽器達は 、 次に形状と木目と材質に依っ
て、安物名器用と本格的偽造銘器用、及び其の中間偽造名器用に分類される。
安物名器偽造に当たっては 、叩き試験時に散見された弱点を補強し 、一見名器らしい
音質を確保する為、其の弱点に対応する駒と魂柱を作り(再調製し)、其れらしいラベルを
入れ、 保護材として塗布してあるニスを其れらしく補修して出来上がり。 ジャンク値2万円
以下位の物が、当時50万から80万位に化けたそうだと言う。
本格的偽造銘器を目指すジャンクの場合、 叩き試験で弱点を抽出、其の後分解して表
板と裏板及び横(脇)板とネック(首)の部分に分け、各部位の板の厚み等を詳細に計測、
本物の銘器達の厚みバランスのデータを参考に、厚みの調整(削り・貼り足し)を行う。 次
にバスバー(力木)と呼ばれる、 表板中央左側に付ける表板の張力を保持し、音に張りと
長い焦点距離を与える一種の棒を弱点に考慮して作成、表板の内側に接着する。此の後
一度楽器を組み立て、再度叩き試験を行い、必要に応じ前述の作業を繰り返す。
叩き試験に一応合格すると、次に表板と裏板を繋ぐ魂柱 (こんちゅう) と言う短い棒を、
弱点に考慮して作成所定の位置に納める。そして駒 (こま) と呼ばれる、弦の振動を表板
に伝える板を作成するのだが、其の前に偽ラベル作成と表面のニスを高級なオールド・ニ
スに見せ掛ける作業が待ち受けている。
ラベルの偽造法は前にも触れたので略すが、ニスの偽造は骨董品屋の擬装方とも重な
る部分が散見される。
若しジャンク楽器にオリジナルのニスが残っている場合、ベンゾイン・アルコール等を使
用してニス表面を溶かし 、 ニス様の樹脂性塗料に様々な色素を混入したニスを重ね塗り
し、 再びアルコール類で溶解させ、 楽器の板の上で混ぜ合わせる。 そして乾くのを待ち、
目の細かい紙やすり等で表面に傷を付け 、更に仕上げオイルで磨き 、恰もオリジナルの
ニスの如くに見せかけるのだ。 此れは偽造の一つの手法で有るが、此の手で作られた偽
銘器が、今尚本物として相当数が罷り通っている事実は余り知られていない。(続く)
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